「冨士大石寺顕正会について」更新しました。

「冨士大石寺顕正会について」報恩坊HPの一部を更新しました。

http://kenshokai-hashaku.com/taikendan2.html


この記事へのコメント

  • 六道仙人

    お久し振りです。実は昨日あたりに個別にメールを送りたい事情が出てきました。

    しかし個別メールしていいものか?と個別にメールを送っていいのだろうか?という状況的なタイミングが掴めずにおりました。
    そのところ、何気にこちらのブログにお邪魔してみたら、なんと久し方振りに更新されておりましたので、個別メール送信を変更して、こちらのほうでコメントさせて頂きたいと思います。
    もしこちらのほうでコメントが不都合な場合、個別にメールに対応させて頂けると、有り難いと思います。その辺の状況やタイミングが、どうにもつかめづらいものですから、お手数かけてすみませんが、どうかひとつ宜しくお願いいたします。

    多忙なところ、すみません。実はほ
    2016年03月01日 09:25
  • 六道仙人

    お久し振りです。実は昨日あたりに個別にメールを送りたい事情が出てきました。

    しかし個別メールしていいものか?と個別にメールを送っていいのだろうか?という状況的なタイミングが掴めずにおりました。
    そのところ、何気にこちらのブログにお邪魔してみたら、なんと久し方振りに更新されておりましたので、個別メール送信を変更して、こちらのほうでコメントさせて頂きたいと思います。
    もしこちらのほうでコメントが不都合な場合、個別にメールに対応させて頂けると、有り難いと思います。その辺の状況やタイミングが、どうにもつかめづらいものですから、お手数かけてすみませんが、どうかひとつ宜しくお願いいたします。

    多忙なところ、すみません。実は菩提寺の近辺を、住職様の指導のもとリーフレット配布活動をしております。昨年末から活動しており、まだ日が浅い活動なのですが、そのような地道な活動をきっかけにある若い女性顕正会員と知り合うきっかけを、仏様の導きにより頂けたものと思います。

    それがきっかけで先月末に、その若い女子部顕正会員は総班長を連れて来て、地元のモスバーガーで会う運びとなりました。その頃は向こうは顕正会員であることをひた隠しにしておりました。

    自分は菩提寺の近くの駅前でリーフレットを配布していたら、そのリーフレットを受け取った女性はあれ?この人、日蓮正宗だよ。よし!!こうなったら、あとで総班長を応援についてもらって、御遺命違背している宗門を折伏してやろう…こういう思惑、絵を描いたのだと思います。そこでまずはこの人と連絡先を交換して、あとでお茶しませんか?という段取りを、その場で思いついたのでしょう。そういう思惑を描いていた為、向こうは顕正会員であることはひたすら隠しておりました。初対面なのに、駅前でリーフレットを配っている男に、普通、若い女性がいきなり連絡先を教えてくるだろうか?この辺がまず最初に不審に感じました。違和感と言いますか。そのあとこの女性のほうから、いきなりお茶しませんか?という誘いがあったので、ここでピーンと来たのです。普通、ここで誰もが胡散臭いと感じるかとは思いますが、話の端端でおそらく顕正会員だな…となんとなく感じました。濃厚コッテリ豚骨ラーメンのごとく、顕正会員である疑いは濃厚であろうと捜査線上に人物像が浮かび上がってきました。
    とはいえまだ断定は出来ない状態ではあり、おそらく顕正会員であろうと目星をつけてはおりました。

    なんだか重要参考人扱い的な言い方をしましたが、当日になっていきなり友達を連れてきますねと女性のほうから、連絡が来たので、これは間違いなく顕正会員であり、おそらく約十年の信心した総班長がやってくるに違いない。リーフレットを受け取った女性は約7年半の組長だなと予測を立てておりました。


    それが先月末の話でした。その日は新潟は観測史上最大の大寒波で、これは新潟に限らず、全国的にも大寒波だったかと思います。とにかく新潟はその日は大雪だったのですが、もう車を運転しても前がよく見えなくて大変な吹雪でした。その大変な中、待ち合わせのお店に向かいました。先にお店に二人が来ていたので、私のほうからひととおりの挨拶をした後、お二人は何か信仰されているのですか?と尋ねたら、はいと返事したので、それはひょっとして顕正会員ですか?と聞いたら、どうして分かったんですか?と返って来ました。私も元顕正会員ですから、あなたは約10年くらいの総班長さんですね。もう一人は約7年半くらいの班長か?組長ですか?と尋ねたら、ビンゴでした。
    班長ですか?とわざと尋ねてあげましたのは、相手の面子を立ててあげた背景がありました。本当は組長なんだろうけど、そこをあえて面子を立ててあげて尋ねたところ、総班長がこの人は組長なんですが、信心は班長並みなんですと、まぁちょっとよく分からないことを言ってきました。まぁ面子を立ててあげたい気持ちで言っているんだろうなと。そのように返事が返ってくるのが分かっておきながら、長いこと顕正会員と会うこともないもので、たまに道端で会う程度でちょっと立ち話というのは一度だけありました。
    新潟に戻って、新潟の菩提寺についてから、顕正会員とは会うことはあっても、今まで2回ぐらいしかなかったのです。

    まぁほとんど顕正会員とは会わない状況が続いたものですから、国立戒壇ってなんだったかな?とだいぶ忘れてしまったので、二人の女子部顕正会員とは話が平行線になってしまいました。相手の顕正会員も真面目な方で、僕が耳が不自由であることは前もって伝えたら、この女子部顕正会員は筆談で対応をしようと、大きなノートを用意してくれたのです。ここまで気配り出来る人は、法華講員でもなかなかいないと思います。勿論、法華講員がダメということではありませんが、素晴らしい気配りの方だなと思ったのです。要するに話をしてみたら、顕正会員にしては人間的には素晴らしい心を持った人でした。

    残念ながら顕正会についてしまい、なんとか日蓮正宗に帰依して欲しいという思いから、出来る限りのことは伝えましたが、自身のいたらなさから話はどうしても平行線に終わってしまいました。その後、折伏理論書なるものが新しくなったというので、お貸ししますということで、有り難くお借りしました。

    新しく発刊された基礎折伏理論書というのは、これは宗教批判の原理が削除されておりました。三証、五綱判、五重相対のところが抜けており、これは三証をわきまえられると困るという浅井昭衛の思惑が見えて来ました。つまりあんまり教学力をつけてもらっては困る。難しいことは分からなくていいという、一念信解路線に変更という絵を描いていたと思います。

    これは…と思いましたが、まぁ国立戒壇やらその他を勉強して、後日、会う段取りを考えております。

    そこでトチローさんに最も個別にメールしたかった内容と申しますのは、あのこっとんあめさんの自宅拠点にあった顕正会版の本尊は、Iの坊に持ち込まれて、Y御住職様の話では非常によく出来ている。偽物ともまだ断定は出来ないとおっしゃっていたのが、今でもよく覚えています。

    そのあとその顕正会版の本尊は、宗務院に鑑識に回されたということでしたが、やはり偽本尊だったのでしょうか?
    その後、どうなったかははっきり分からず、記憶のほうもあやふやになってきたので、もし何か御存知でしたら教えて頂けませんでしょうか?顕正会では自宅拠点を推進しているようです。日寛上人の御本尊を下付するという話が総幹部会で発表されたようです。今回、女子部顕正会員からもらってきた顕正新聞にも、確かにそう書いてありました。

    後日、自分はその女子部と会う予定を考えているので、顕正会の偽本尊である確かな裏付けが欲しいので、トチローさんにお尋ねしたかった次第です。偽本尊ということはもっとも大きな決め手になると思いますので、多忙なところだと思いますが、どうかよろしくお願いいたしますm(__)m
    2016年03月01日 13:36
  • トチロ~



    六道仙人さんへ

    顕正会版日寛上人本尊と、本物の日寛上人御本尊の見極めポイントに関して先程メール致しました。


    頑張ってくださいね。


    結果報告を楽しみにしております。
    2016年03月01日 15:29
  • 六道仙人

    今日は個別にメール頂きまして、ありがとうございましたm(__)m

    菩提寺の近くの駅前でリーフレット配布ですが、全国に散らばっています法華講員の方も御住職様の指導の元、それぞれの地元の駅前でリーフレットを配布活動している方もいらっしゃるようです。多いのか少ないのかは分かりませんが、とにかく菩提寺の御住職様の指導方針によりけりだとは思います。
    そこで駅前でリーフレット配布、これには話の続きがありまして、まずその駅でリーフレット配布を許可を届け出が必要だと副御住職様に言われました。何故その話になったかと言いますと、折伏活動日というのがうちの寺の行事にありまして、折伏を全員で活動を頑張りましょうというニュアンスが込められている日を、折伏活動日という意味合いが込められていると個人的には解釈しております。
    どの寺もそうだと思いますが、全てのお寺の全ての講員さんが、全て勤行や唱題をやり、全て活動家というわけではありません。
    中にはお寺に行くのは面倒くさいと思っている人もいるわけで、まぁそれはそれとして、その折伏活動日に駅前でリーフレット配布をやろうという話になって、うちの寺の講頭さん、副講頭さん、講頭さんの奥さん、その他5人か、6人でリーフレット配布活動をしたことがありました。その時は駅にリーフレット配布を許可の届け出を必要があることは、うちのお寺の講頭さんから自分も含めて全員知らなかったのです。知らずにリーフレット配布を一生懸命声かけをして、その活動を副御住職様に全員で報告会があるわけです。
    全員で駅前でリーフレット配布活動を頑張りましたと報告したら、副御住職様が大変驚いてしまったことがあったわけです。

    そこで駅前と言いますか、都会の駅とは違って、うちのお寺の近くの駅は田舎の駅で、ローカルな雰囲気のする駅だったからなのか、その日だけリーフレット配布活動した為、そんなに問題は運良く起こらなかったのです(^_^;)何が問題かと言いますと、駅に然るべき許可を届け出をしなければならないこと。
    また認可が降りるのが三ヶ月だったか?時間がとにかくかかること。そんなに三ヶ月以上かもしくは三ヶ月もかかるの?と思ったものです。あともうひとつは学会員がどこからともなく匂いを嗅ぎ付けて、妨害してくる可能性があるということです。お前ら日顕宗は、ちゃんと駅に許可を届け出出してんのかよ?
    届け出出してないのに、日顕宗はリーフレットなんか配ってやがるんだ。規則や世間の約束事を反古にしやがるんだな。だから日顕宗は、俺たち学会をないがしろにしやがるんだ。などと侮蔑的なことを言ってこないとは限りません。むしろ言ってくる可能性は高いのが、学会員と相場が決まっているとは思います。話が長くなってしまいましたが、駅前とは言っても、駅の敷地内ではなく、駅の敷地外でリーフレット配布は構わないだろうという副御住職様の許可のもと、リーフレット配布活動を個人的にしていたわけです。 
    駅の敷地内ではなく、駅の敷地外ではありますが、ちょっと微妙な言い回しではありますが、駅の敷地外とは言っても駅が見えるので、そういう意味での駅前でリーフレット配布活動をしたという経緯です。ちょっと分かりづらいかと思いますが、お寺に迷惑がかかると悪いゆえの事情と配慮とご理解頂きたく思いました。駅だから人もいっぱい集まるし、気軽にリーフレット配布したっていいじゃんとはならないのですが、駅に許可を届け出をした上で申請が降りたから、リーフレット配布であれば問題はないと思います。 
    なんだか世の中には決まり事がいっぱいあるので面倒だなと思うのは仕方ないですね(^_^;)

    そんな経緯があって、とにかく駅前でリーフレット配布をひたすら配布をしてました。受け取る人、拒否する人、反応は様々でした。

    そんな配布を続けている中で一人の若い女性にリーフレットを渡した、その女性が女子部顕正会員とは最初はまったく分かりませんでしたね。

    それがきっかけでモスバーガーで、お茶をしてみたら、やはり貴様顕正会員であったかと。いろいろ話をしてみたら、いい人ではありましまたが、残念ながら浅井教団に縁をしてしまっていた。

    今回、その女子部から新しい折伏理論書を借りて、読んでみました。副御住職様からは斜め読みにして読んで下さいね。まともに読まないようにして下さいねと言われました。おそらく悪影響を受けると悪いと心配からの発言であろうと思います。悪影響という観点から考えるならば、なるほどと無理もないと思いました。
    この折伏理論書はまともに読めば、この本は悪知識とも言える。一見、正しいように書かれてあって、三宝を誹謗へ導く書だ。

    だから斜め読みというわけか…と解釈し、ひととおりさらっと読んでみました。感想、非常に粗略である。間違っているというのではないけど、やや粗略であるなんて、とても言えない。まず文章の構成がまったく成していない。こんな本は世間ではまず売れまい。買うのは、顕正会員ぐらいなものだ。
    非常に粗略であると思いました。

    なんだこれ?読めば読むほど、袋小路に迷う。非常に分かりづらい。
    こんなに分かりづらい文章で、三証や五綱判、五重相対は削除されていた。五重三段や三重秘伝は難しいから、それは良いとしても、三証や五綱判、五重相対が削除されていたのは、驚きましたね。はは~ん、こりゃあ浅井のじいさん、難しいことは分からなくていいという一念信解路線と。そしてその上で、世間の批判は、第一線で勧誘する顕正会員が、批判をかぶれというわけですな…。

    行き過ぎた勧誘をして、逮捕されるのは末端の顕正会員であり、浅井のじいさんは暖房の効いている部屋でふんぞり返っていればいいわけですから、会員が逮捕されたとて、痛くも痒くもない。
    逮捕されたら、不当逮捕だといい、総幹部会ではお決まりの浅井のパフォーマンスに踊らされ、浅井のパフォーマンスを浅井先生の一会員の隅々までを思われる御慈愛に感激している顕正会員。こういう構図を、絵を描いているとは知らずに、思えば思うほど顕正会員が不憫であると思います。

    さて、どうしてやろうか?新潟には佐渡会館もあるし、新潟県大会が二年後に約二万人結集大会があることを思うと、さて、どうしてやろうか?といつも思ってしまいます(^_^;)

    折りに触れ、機に触れ、トチローさんが顕正会のことを取り上げてくれるのは、有り難いと思っていますので、更新楽しみにしております(^人^)
    2016年03月01日 22:07
  • 六道仙人

    追加コメントですみません。昨日は個別にメールありがとうございましたm(__)m

    浅井教学の理論書を時折、斜め読みしながら、日蓮正宗が発刊された書籍を何回か熟読を重ね、その後に女子部の人と会う段取りに入りたいと考えています。そのことはすでに副御住職様には報告済みなのです。その女子部と対決して、その後どうなるのかは分からないですが、精一杯のことは伝えたいと思います。

    その結果はこちらのほうで、投稿させて頂きたく思いますので、その節は宜しくお願いいたします(^人^)
    2016年03月02日 08:49
  • トチロ~



    六道仙人さんへ


    頑張っていらっしゃいますね。(^^)


    ところでその顕正会員さんから基礎教学書をお借りしているんですよね?


    でしたら、以下のように指摘してみてはいかがでしょうか…。


    「以前の折伏理論書には第5章「仏法の実践」の「勤行」の項目に「対境の御本尊について」(折伏理論書66ページ~70ページ)として以下の文章が掲載されていましたが、今回の基礎教学書の該当ページ(108ページ~112ページ)からはすっぽりと削除されて代わりに新しい文章が挿入されています。

    これは、これから大々的に顕正会自作本尊をばらまく為に都合が悪くなったから削除したのではないですか!?」

    と…。多分会員さんたちは気づいていないのでしょうが、本部の思惑はそのようなものだと思いますよ。

    六道仙人さんが折伏理論書をまだ手元に持っていれば照らし合わせてみて頂けるとはっきりと確認できるかと思いますが、もし無ければ、とりあえず該当部分を以下にコピペしておきますので、読み比べてみて下さい。なお、顕正会にとって最高に都合の悪い部分は【 】でくくっておきますね。


    ****************************


    対境の御本尊について



    さて、日寛上人が「此の本尊」と仰せられた御本尊とは、別して、大聖人が弘安二年十月十二日に御図顕あそばされた「本門戒壇の大御本尊」の御事である。

    この大御本尊は、日本および世界の全人類に総じて授与された御本尊で、広宣流布の暁には本門戒壇に安置さるべき御本尊なるゆえに、「本門戒壇の大御本尊」と申し上げる。

    大聖人が御在世に書き顕わされた御本尊は数多にのぼるが、それらの悉くは「一機一線」といって、信心強盛の個人に授与された御本尊である。ここに、全世界の人々に稔じて授与された御本尊は、ただこの弘安二年の戒壇の大御本尊一幅である。この大御本尊こそ三大秘法の随一、大聖人出世の本懐であられる。

    ゆえに大聖入滅後においては、この戒壇の大御本尊を御本仏日蓮大聖人の御当体、唯一の帰命依止のほったい法体と仰ぎまいらせねばならない。

    この戒壇の大御本尊は弘安五年に大聖人より日興上人に御付嘱され、以来日日上人・日道上人・自行上人と次第に相伝護持され、いま広宣流布の時を待って富士大石寺にまします。

    私達が勤行の時、信じ唱えまいらせるところの対境・法体とは、実にこの戒壇の大御本尊にてましますのである。

    富士大石寺門流においては、入信者の信行が進んで不過の金剛信が確認された時、日興上人以来嫡々ふほう付法の大石寺歴代上人が、どの戒壇の大御本尊を書写して授与して下さる。授与された弟子・信徒は、その昔写された本尊を即戒壇の大御本尊と拝して、日夜勤行に励むのである。

    ただし、本宗における御本尊の授与は極めて厳格で、入信早々に授与されるということは絶対になく、身命も惜しまぬ信心が確立してのち、始めて授与されるのである。したがって、御本尊を頂戴するまでは、すべての人が、我が家より遠く戒壇の大御本尊を遥拝し奉って勤行申し上げる、いわゆる「遥拝勤行」がまず信心の出発となる。これが富士大石寺伝統の厳格なる風儀である。

    【宗門上代において、御本尊授与がいかに厳格であったかを、二祖日興上人の御指南に拝してみよう。

    「富士一跡門徒存知事」に「御筆の本尊を以て形木に彫み、不信の輩に授与して軽頗する由、諸方に其の聞えあり、いわゆる訃向・日頂・日春等なり。日興の弟子分においては、在家・出家の中に、或いは身命を捨て、或いは疵を被り、若しはまた在所を追放たれて、一分の信心の有る輩に、悉くも書写し奉り、之を授与する者なり」と。

    日興上人と日向・日頂等の五老僧と、御本尊に対する姿勢が全く違っていたことがよくわかろう。日向・日頂等は御本尊の尊厳がわからなかったために、大聖人御直筆の御本尊を「形木に彫む」すなわち版木におこして印刷し、それを信心もない輩に軽々しく授与していたのである。まことに不敬の至りである。】この不敬に対して日興上人は

    “日興の弟子分においては、信心のゆえにあるいは身命を捨て、あるいは傷を受け、あるいは追放されるなど、信心の色あらわれた不惜身命の者に対してのみ、恐れ多くも戒壇の大御本尊を書写し奉り、これを授与する”と仰せられている。

    日興上人の門流(冨士大石寺)においては、御本尊の授与がいかに厳格であったかが、この御文でよくわかる。まさに御本尊は、入信時に軽々しく授与されるものではなく、信心決定の結果として授与されたのである。

    ゆえに、あの熱原の法華講衆にしても、入信未だ日も浅く、したがって末だ御本尊を頂戴せぬまま、遥拝勤行に徹してあの不惜身命の大仏事を成しとげられたのである。

    近年本宗において、信徒の増加にともなって、止むなく信心決定までの暫定の仮本尊として、形木御本尊(印刷された御本尊)が下附されるようになった。もちろん本宗における形木御本尊は、日興上人が日向・日頂等を諌められた御制誠に該当するものではなく正しき暫定の仮本尊であるが、これとても、よく創価学会員の入信勧誘に見られるような軽々しい下附、あるいは不信の輩に無理に押しつけるごときは、「軽賤」の罪に当ろう。

    いま顕正会は、正系門家の中で創価学会が御遺命を破壊せんとするのを見て諌め、ために不当の解散処分を受けたが、この迫害により、計らずも御在世の信心に立ち還ることができた。すなわち御在世の信徒の方々が厳格なる風儀のもと信行に励まれたごとく、いま顕正会員もまず遥拝勤行に徹し、広宣流布に立ち上がっているのである。

    御遣命を守護せんとして不当の解散処分を受けたことが、「或いは疵を被り、若しはまた在所を追放たれて」に当たれば、これほどの喜びはない。

    やがて宗門が御在世の信心に立ち還るとき、顕正会員こそこの捨身の御奉公によって、晴れて御本尊の授与を賜わる資格を得るのである。顕正会員は、いま御在世のごとき厳格なる信心修行が貫けることを、誇りとしなくてはならない。

    (折伏理論書改訂版66~70ページ)





    2016年03月02日 10:28
  • 六道仙人

    コメントありがとうございます。はい、女子部の方から新しく発刊されたという、いわゆるニュー折伏理論書を、確かにお借りしました。今しがた、手元にあります。それで確認してみたら、確かに対境の御本尊についての項目から、70ページの途中のところまで、ちょうどトチローさんがコピペしてくださったところが、削除されていました。
    コピペという手間をかけてくださって、本当にありがとうございますm(__)m

    早いもので自分が浅井教団から離れて、正宗について、約9年の年月が流れました。
    そこからえちごやさんと新潟の地元のお寺に移籍になりまして、そこから信心のスタートになったものです。信心のスタートと言えば、聞こえはいいですが、決して平坦な道のりではありました。
    法華経の信心は冬のごとし、まさしくこの言葉通りだと思います。長いトンネルを抜けたら、そこは雪国だったではありませんが、長いトンネルのように思えたのは、それだけ罪障が深かったからでしょうか?
    過去形な文章になっていますが、昔語りですので、そこは笑ってお読み下さい(^_^;)

    どういう因縁か?新潟の末寺に来て、そんな大した信心はしていませんが、どういうわけか?駅前でリーフレット配りをしたら、それがきっかけで女子部と知り合ったという話の内容は、先日にここで投稿させて頂いた通りです。

    最初から功徳をいっぱい頂いているんです。功徳がこんなに頂いているから、現証が出ているから、顕正会は大聖人様の御心に叶う団体なんです、などということを言ってきました。功徳が出ているし、顕正会は成仏させて頂けるんです。
    功徳があふれているから、顕正会は今や170万人達成したんです。と功徳功徳を前面に出して語ってきました。


    そこからいろいろ切り崩しに入ってきましたが、実はこの女子部はいろんな法華講員さんと対決してきたそうです。御書御書というパターンは、日蓮正宗は正しい正しいと言われても私たちにしてみれば、何にも感じません。御書御書、日蓮正宗は正しい正しいというのは、明らかにワンパターンに感じている反応が見られたので、頭の中でここはパターンを変えてみようと思いました。
     
    ちょうど副御住職様からお講で四悉壇の指導、世界悉壇、為人悉壇、対治悉壇、第一義悉壇と指導頂いた中で、世界悉壇のことを指導してもらい、いわゆる一方的では折伏が成就しにくい面があります。まずは相手の気持ちを柔らかくしてから、入っていくことも大事なことです。人にはそれぞれ感じ方は千差万別ですから、機根に応じた弘教法を選択していくことですと言っていたな…ということを思い出して、顕正会の思い出話を語っていってきたことから、和気あいあいな雰囲気に変わっていったのです。

    通常、折伏は強いて説くべしというイメージがあり、強いて説くことは大事なことではありますが、強いて説くにも撰時抄のごとく時を撰ぶ抄と指導頂いたことがありました。それを思い出して、強いて説くべきところは、あえて言わないでおきました。これが正しかったのかは分かりませんが…。


    和気あいあいとした話の中でも、仲良しこよしで話が終わったんでは、さすがに副御住職様に怒られてしまいますから、言うべきところは強いて説いたつもりです。つもりと言ってしまうと、言い方が引っかかるかもしれませんが(^_^;)

    そんな中で話は平行線だったので、国立戒壇のことは勉強してきますと伝えたところ、顕正会員にとっては大事なバイブルであろう、ニュー理論書を貸してくれたわけです。
    2016年03月03日 20:46
  • 六道仙人

    あと追加ですみません。日布上人の大幅の御形木御本尊は、日蓮正宗は下付した事実はないと妙観講さんの本に書いてありますが、これは日蓮正宗において、公式決定なのでしょうか?
    2016年03月03日 20:53
  • トチロ~


    六道仙人さんへ


    因縁というものがございます。たぶんその女性たちは六道仙人さんのお寺に御縁のある方々なのでしょうね。

    ですから、それを大切にしてじっくりと折伏してあげてください。

    ただ、現在は上の方を呼んでくるくらいですから、顕正会に対する疑念が微塵もない状態だと思います。その段階ではなかなかすぐに結論は出ないかと思いますが、副御住職様とイトマンさんたちと綿密に作戦を練りながら対処すれば、必ず将来的には良い結果がでると思いますよ。

    最後になりましたが、「日布上人の大幅御形木御本尊というのは日蓮正宗で御下附した事実はない。」というのが御宗門としても正式な見解だと思います。

    それははっきりと先方さんに言い切ってしても大丈夫だと思いますよ。

    頑張ってくださいね。


    2016年03月05日 08:19
  • 六道仙人

    いつもお世話になっております。お忙しいところ、コメントありがとうございます。
    おっしゃる通りだと思います。因縁…因縁にまつわる話は古今東西多く、それだけ馴染みが深い言葉だと思います。
    また話の寄り道をしてすみませんが、自分が住む町と菩提寺は近いわけではありません。近い遠い云々を言いたいわけではありませんが、どこから来られたんですか?とこれは誰しもが日常会話でよく聞かれると思います。英会話の話のようなくだりですが、自分がよく言われるのが、そんな遠いところからここのお寺まで通っているんですか?でした。
    話の最初のところにも遠い近い云々を言いたいわけではありませんが、確かにらくではないな…と何回も思ったことがありました。
    うちの菩提寺の地域の特徴としてあげられるのが、よくこの地域の皆さんが言うくらいなのですが、城下町ということが大きく取り上げられます。織田信長から上杉謙信、上杉景勝、徳川家康、徳川二代目の秀忠と関わってくる戦国時代の人間模様が、新潟のこんな田舎にも歴史を紐とけば、さらに言うならば古文書レベルにまで郷土資料家の方々がいろいろ言ってくるわけです。

    また忠臣蔵の赤穂十六浪士だったでしょうか?そのうちの一人が、うちの菩提寺の地域の出身ということから、町起こしの宣伝にも
    一役買っているようです。町を歩いていると、その方ののぼりを見かけます。ゆるキャラまではいかないようですが、おそれ多いのか?ゆるキャラにしたら罰が当たるだろうと思われているのではないでしょうか?
    自分は地元の人間ではないので、それほど親しみは感じていないのですが、この菩提寺に親しみを感じてしまった、あるきっかけからそれがリーフレット配布活動に発展していったきっかけだったと思います。
    これもトチローさんが指摘される因縁というものかもしれません。そのきっかけというのは、自分の町の近くにも郷土資料家による調査で城下町があったことが明らかになったことです。その城下町は、うちの菩提寺の地域の城下町と関わりがあったわけです。
    うちの菩提寺の地域にお城があって、今は観光地スポットになってますが、そのお城の殿様の子供が、汝そこの田舎のお城の当主となるがよいというような時代劇のムードがあったかどうかは分かりませんが、殿様の子供が自分が住む町の近くの城下町の殿様になったという歴史的史実は明らかなようです。
    自分が住む町の近くの城下町の殿様は、今はNHKで人気大河ドラマの真田丸に出てくる場面で、俗にいう大阪冬の陣、徳川家康の戦に味方をしたようです。大阪冬の陣で手柄を立てたらしく、特に徳川秀忠に気に入られ、約一万石を賜ったらしいです。一万石というと、今の我々にはまったくどういう経済観念なのかはピンと来ませんが、いわゆる親父を出し抜いて、戦国時代には親孝行などという概念は皆無で、下剋上が常識という世界の戦で手柄を立てた戦国時代の人間模様が描かれているようです。

    こんなほんの歴史的な小話ですが、少し歴史が好きな自分は、これは面白いなと思ってしまいました。この話を女子部の方にも、ほとんど同じようにお伝えしたところ、へぇーという反応でした(^_^;)
    自分が住む町のことは誰もが関心はあるのは、当たり前かもしれません。時代背景を語っていくのは面白いなと思います(^_^)

    これと同じように国立戒壇という時代背景もたどっていくといいのではないか?と。
    国立戒壇は確か明治時代、昭和初期云々、敗戦後の時代背景という空気を背景に、民衆の機根云々から入っていくと面白いのかなと思いました。国立戒壇は田中ちがくの亜流ですと言ったところで、はいそうですねと納得する顕正会員はほとんど皆無でしょう。国立戒壇を鵜呑みにしていれば、尚更、いきなり田中チガクの亜流だ‼と言ったところで、反発するだけが関の山なことでしょう(^_^)

    そんなところからいきなり御書御書という優等生な法華講さんの切り込み間違ってはいないとは思いますが、相手の機根に応じて行くというのも、また大事なことだと思います。うちの副御住職様は、題一義悉壇を前提の上で世界悉壇をわきまえて下さいと指導は頂きました(^_^;)

    前回のコメントで平坦な道のりではありましたとコメントしたのですが、打ち込み間違いでした(^_^;)平坦な道のりではありませんでしたね。平坦な道のりを歩める訳がありませんから、そこはすでにお気づきとは思いますが、打ち込み間違いがあって、失礼しました。
     

    日布上人様の件、ありがとうございます。
    またいろいろアドバイスもありがとうございます。新潟は顕正会員は全国的にも多いので、こういう場でのやり取りは助かります。
    また折に触れ、機に触れ、こちらのほうにお邪魔させて頂きたいと思います(^人^)今後とも宜しくお願いします(^人^)
    2016年03月05日 09:30