あんたが大将

さて自己愛性人格障害について書いていこうと思うのですが…、


調べれば調べるほど、読めば読むほど気がおも~~~く、暗くなっていくテーマです…。



ですので、生理的に合わない方は気分の悪くなった時点でサイトを閉じてしまってください。



ただ、この信仰をしていく上に於いては必ず将来誰にでも立ちふさがるハードルだと思いますので、必要に迫られる方は読んでみて頂けると何かしらの参考にはなるかと思います。



で、既に自己愛の被害に遭われている方…、



私が自己愛の連中と接して気が落ち込みそうなときは、よくこの歌を聞いていました。



あまり正面から真面目に考えていくとこちらの精神がやられます。そんな時はこの歌のように笑い飛ばしてしまった方が精神衛生上は好ましいのではないでしょうか…。


ってなわけで、まずはこの歌からスタートです。





この記事へのコメント

  • 六道仙人

    こちらのほうの更新を拝見致しました。誰にも言っていなかったのですが、自分もその自己愛性人格障害について、思い当たることがありました。誰にも言っていなかったというより、理解出来なかったがゆえに、誰にも言えなかったというのが、正確なところだったと思います。
    自分がまったく理解出来ない事柄、人にどう説明したら良いのか?分からなかったがゆえに、言葉として説明出来なかった。ゆえに誰にも言えずにいたというのが正直なところでした。

    その事の発端はトチローさんも御存知の人かと思いますが、島根県にいる自分の縁で入信したHさんという女性の方でした。Iの坊において、御受戒を受けた後、島根県の末寺でしばらくは参詣はしていたのですが、この女性は何かしらの心の問題なのか?何かしらの障害を患っている人なのかな?ということを非常に強く感じていました。見た目は普通そうに見えるのですが、何かしらの非常に違和感を初対面のうちから感じていました。

    それが何なのかは言葉にはっきりとは上手く言えなかったのですが、今から約8年もの昔の話でした。その頃は、今みたいにスマホというものはまだ今のように普及されていない時代でした。そんな昔の話ですが、話の核心はHさんの友達から始まりました。このHさんは、僕にその友達の話をよくしてきました。このHさんの友達は、Hさんあなたは自己愛性人格障害だ。もしくは境界性人格障害だなどと言ってきたそうなのです。
    要するにHさんは自己愛性人格障害だと言われたという話を、僕にしてきたのです。

    そのときは、自己愛性人格障害って一体なんだ?どういう意味なのか?さっぱり分からなかったので、Hさんに対してどうコメントしていいか?分からず、ふ~んというくらいにしか思っていませんでした。
    ただ理由はよく分からないが、妙に気になるな…と漠然としか思っていなかったのです。

    それから約8年の年月が過ぎて、去年末あたりから浅井ショウエイという人物像について、何故か気になってきました。何故気になったのかは自分もよく分からないのですが、きっかけは何気なくネットで、たまたま自己愛性人格障害についてYouTubeに出てきました。自己愛性人格障害を調べたわけではなく、たまたまYouTubeに自己愛性人格障害というのが画面に出てきたのです。自己愛性人格障害…?確かあの島根県の変な人がなんか自己愛性人格障害とか、どうのこうの?と言ってたな…ということを思い出したのが、きっかけでした。

    そのYouTubeで、自己愛性人格障害について
    説明されており、字幕なのでそれを目で追っていくうちに、これって浅井ショウエイのことだと頭に浮かび上がってきました。
    自己愛性人格障害は説明が長いので、ここでは端折りますが、浅井ショウエイはよく会員に伏せ礼をさせるところが、異常に崇拝させたがるのが自己愛性人格障害と、その他、いろいろな説明がありましたが、非常に一致していました。それを考えると、麻原ショウコウ、池田大作、浅井甚兵衛などおよそ新興宗教の教祖が自己愛性人格障害なのでは?という人物像が、自分の中で浮かび上がってきました。

    とはいっても、自己愛性人格障害。別名、コントロールフリークだったのでしょうか?たまたまコントロールフリークについて、去年、テレビで山下智久がコントロールフリークを暴く役柄をやっていまして、それが記憶に残っていました。意味合いは人を異常に支配したがる、犯罪心理学でいうような意味合いで言ってたようです。

    YouTubeでも言ってたのですが、自己愛性人格障害者はモンスターだから、こういう人間にはまず関わるなと言ってました。巻き込まれると、不幸になると。
    そんな内容でした。それを読んで、ゾッとしたのを覚えてます。

    それがなんの因果なのか?ここで自己愛性人格障害について、取り上げられていたので、驚きました。
    2016年03月11日 23:49
  • トチロ~



    六道仙人さんへ


    コメント有難うございます。

    そうですか…、Hさんにはそういった経験があったのですね…。


    彼女が登山される際は私もほとんどいましたから、彼女の性格はある程度は認識していますが、自己愛性人格障害ではないと思いますよ。むしろ自己愛性人格障害の人からターゲットにされていじめられてしまう側だと思います。


    ただ、ここで気を付けなければいけないのは、ターゲットにされた時点ではまだ良いのですが、それに徹底的に対抗しようとして「売られた喧嘩は買うぜ!」と自己愛性人格障害の加害者と果てしないバトルが続くと、被害者自体が自己愛性人格障害の症状を発症してしまうということです。


    六道仙人さんが書かれていた池田大作氏と浅井昭衛氏の関係がまさにこれに当てはまると私は見ています。


    ですから、Hさんがもしそのような被害に遭われていて、それに抵抗をしていたなら少なからずそういった傾向を表に出し始めていたのかもしれませんね…。人づてに聞いた話では今はご結婚もされて幸せに暮らしているそうなので、そっとしておきましょう。


    ところで六道仙人さんのコメントは私がたどった経緯と非常に酷似しています。私も当初は何のことだかさっぱり認識できませんでした。


    それが、今回少し調べてみたらネットから情報が出るわ出るわ…。驚きましたよ。これだけこの被害に遭われている方が世間には多いのかと…。


    それだけこの問題が深刻化しつつある世の中になったのだと思います。


    上にも書きましたが、自己愛性人格障害は伝染するんです。自己愛性人格障害者に迎合してイエスマンになりきると、自身が今度はミニ自己愛性人格障害者になってしまいます。(顕正会の幹部を見ると分かりますよね。)反対に徹底的に対抗しようとすると、今度は自分自身がやっていることも思っていることもまさに自己愛性人格障害者と同じになっていきます。それじゃあイエスマンにもならず、反抗もしないで我慢する…。こういった道を選ぶと自身の精神が崩壊します。

    つまり、進んでもダメ、引いてもダメ、そのまま留まってもダメ。

    そういったことなんですよ。


    唯一の助かる道は…、「逃げる」


    これが現段階での一番良い方法なのかもしれません。ただ、逃げるに逃げれない状況というのもありますよね。

    会社だとか、まさにこの宗内だとか…。この信仰の場から逃げたら「退転!地獄行き決定!」ってなことになってしまますから…。

    ですから、そういった環境に於ける責任者の方にはこの自己愛の問題に積極的に取り組んでもらって、こんなくだらない問題で組織内部を腐らせないように頑張ってもらいたいと切に思うものです。



    2016年03月12日 07:57
  • 六道仙人

    コメントありがとうございます。Hさんとは実は、自分が新潟のお寺に移籍の話の辺りから、連絡が途絶えてしまったのです。自分も新潟の生活が大変だったこともあり、気付いたら、Hさんの連絡先もどこかで消えてしまっていたのです。Hさんに限った話ではなく、携帯を機種変更を繰り返し繰り返していくうちに、連絡先も変更していったように思います。つまり連絡のない人は連絡張に保存しないでしまったようです。中には保存をしている方もいらっしゃるようですが、自分の場合はそこら辺あれなものですから、機種変更を繰り返していくうちに、忘れてしまっていたようです。つまり8年以上?も連絡は途絶えてしまっており、気付いたら8年以上ものの年月が過ぎてしまっているのか?へぇー時の流れは早いものだなぁという心境の中、トチローさんがここで自己愛性人格障害のことを取り上げておられたので、昔のことなどを思い出したのです。

    当時は自己愛性人格障害って一体なんだ?架空の話ではないのか?という認識でしかなく、つまり自分の知識では、理解が追い付かなかったのが正直なところだったのでしょう。理解が出来ないものをおよそ人に説明が出来るはずもなく、Hさんはわたし自己愛性人格障害なんだって。そう言われたんですけど、どう思いますか?と聞かれても、ふーんそうなんですねぐらいしか答えられませんでした。変わったことを言う人だなぁとしか思ってなく、いつしか連絡が途絶えて、やはり同じく結婚したと人づてに聞きました。
    連絡はもうかなり昔から途絶えてまして、トチローさんが指摘されるように、ここはそっとしておくのが一番だと思います。

    それから自己愛性人格障害だの、なんだのがネットで検索したら、出てくるわ。出てくるわで、その他にも、なんとか障害だの、なんとかだのとか、さすがにこんなに膨大にあったんでは、理解が追い付かないのですが、大変だなと思いました。

    これに対して、トチローさんが指摘されるように、自己愛性人格障害に感応動向してしまうと被害を受け、被害者が被害者を次々と生む負の連鎖の構図が展開されるのだと思います。有り難いからお慕わしいからとの思いでやってくる連中から、なんとも有り難くもない話を聞かれてるのですよね。


    それに対抗し得るのが、究極の仏様の境界。金剛不壊なのだと思います。自分の命で捉えてしまうことに苦しみが生ずるのだと思います。仏様の心に親しむのではなく、自分の命で物事をとらえ、自分の命に親しむので、カリカリしたり、憎しみが炸裂して爆発して、浅井が言うような流血も辞せずだのになってしまうのだと思います。池田大作にしたら、バカヤロー法華経は闘いなんだ。やられたらやり返せ。バカヤロー、コノヤローでいいんだ。法華経は戦いだ。闘争だ。やられたらやり返せ。倍返しだ。わたしがやられたら、諸君が仇を討つんだ。それが弟子の本分なんだ。などという発言が実際にあったようですが、いやはや驚きました。怒りに親しみ、池田大作に親しみ、浅井に親しみ、親しみ、いよいよ池田や浅井の話を聴聞し、信心の歩みを運ぶべしと思っているようなので、池田のことは分かりませんが、浅井の指導を聴聞して、親しみ信心の歩みを運ぶべしという心理はよく分かります。
    ただ今は当然、浅井に親しみはまったく感じてはおりませんが、仏様に親しみ、歩みを運ぶべしというのが一番と今は命が落ち着いています。まだまだ修行が足りませんが、そこは修行に励むべしなんだなぁと。

    身口意の三業相応の信心が根本で、口でそれは言うものの、卑しさに親しむ心が潜んでいる人もいるわけです。卑近な例で言えば、御報恩講が終わったあと、今日は日曜日だし、パチンコでも行って、スッキリしてくるか!と思う人もいるわけで、信心していながら、貧しさの因果が断ち切れないのは、そこにあるんですよという広布推進会の副支院長様の指導を人づてに聞かしてくれたことがありました。つい最近の話なんですが、生命の因果、三世の生命の深い極理を説いた法には、肺腑をえぐられてしまいました(^_^;)
    2016年03月12日 10:25
  • 六道仙人

    ふと思ったのですが、あんたが大将という武田鉄矢の海援隊でしょうか?それを動画に取り上げるのは気分転換としては、いいかと思いますが、唱題を根本にして取り上げられてもいいのでは?とふと思いました。

    自己愛性人格障害によって心を破壊されるのだと言うことを取り上げられるのだと思いますが、逆にそれに対抗しうるのが成仏という壊されない成仏境界なのだと思いますが、なかなか口でそれは言うのは簡単ですよね。

    でも浅井ショウエイや池田大作という二大超モンスターを二人を相手に、日逹上人様は激しく渡り合ったのだから、これって物凄いことだなと思いました。浅井ショウエイというモンスターだけでも大変なのに、池田大作という超モンスターまで激しく渡り合った、日逹上人様は物凄い境界ですよねとふと思いました。とっても真似出来ないのですが、それだけ信心は命がけなんだなと思いました。
    2016年03月12日 11:40
  • トチロ~



    六道仙人さんへ


    そうなんですよね、世間での対処法は「逃げるしかない。」というのが現時点での一番の答えなんだと思います。

    そして実際に私が経験した(一部現在進行形なので、「している」と表現した方がよいかも…。)事例に当てはめてどんなに考えても、やはり逃げないで対処するというのは非常に困難だと思うのです。

    しかしながら、大聖人様の仏法が一切衆生を救うう法ならば、おそらく逃げずに対処するのが正しい道なんでしょうね…。

    その場合、どうやってこの問題を乗り切るのか…。


    その答えを仏様から教えてもらうために、私は現在進行形の自己愛加害者からは敢えて逃げずに放っておいてあります。


    これが今後どのような展開を見せるのか…。


    かなり怖いですが、法華経の兵法がどれだけのもんなのかを知る絶好のチャンスだともとらえております。


    ハッキリとした結論が出ましたら、それもまた記事にしますね。


    2016年03月15日 07:46
  • 六道仙人

    コメントありがとうございます。世間法として言うならば、逃げる。つまり逃走は大正解だと思います。
    自然界において、ライオンやら百獣の動物世界において、いち早く危険を感知したり、察知したりして、逃走することは生き延びる生存戦略のもっともセオリーなことだと思います。

    大聖人様は時の権力者、平左衛門でしたでしょうか?あの権力者でさえも、大聖人様の折伏には逆縁だったのですよね。
    大聖人様は仏様ですから、比べようがないのは当たり前ですが、あの浅井ショウエイ、池田大作という二大モンスターは、倪下様だったからこそ渡り合えたのですよね。普通ならあんな二大モンスターなんか立ち向かえないのが、当たり前だと思います。

    心が無理だとエマージェンシーが本能的に発動したら、察知して逃げるのは決して間違いではないと思います。心が疲弊して、無理をしてまで向き合うのも、どうなんだろうか?と一方では思います。
    2016年03月15日 20:29
  • トチロ~



    六道仙人さんへ


    そうなんですよ。

    うちのネコちゃんもですね、知らない人がうちに来ると一目散に逃げ出します。

    立派な爪と鋭い牙を持っているんですから、真正面から戦えば人間なんぞ怖がってその場から逃げだすはずなんですが、そうじゃないんですよね…。


    「ヤバいかも…。」


    そう直感した瞬間に彼ら(ネコちゃん)は既に逃げ出しているんですよ。これは生き物の本能なんでしょうね。

    ですから、逃げることはけっして恥ずかしいことではないと思うのです。むしろ、色々な損得勘定を考えてそこに居続けるからこそ、被害がますます深刻化してくるんだと思うのですよ。

    ただ、広宣流布を掲げるならば、そういった方々もまた救う対象なのですから簡単に逃げ出すわけにはいかない…。

    そこにジレンマがあるのですよね。

    2016年03月16日 08:27
  • 六道仙人

    コメントありがとうございます。飼い猫の話が出てきましたが、野生の猫の世界と飼い猫の世界を分け隔てるのは、猫ですらも福運が備わっているかどうかの、この差は厳然たる生命の因果の道理が、報いとなってあらわれているのは、何も人間に限った話ではないのだなと改めて思った次第です。

    飼い猫という飼われた猫でさえも本能が備わっているのですから、では猫に限らず野生の世界はどうなのか?と視点を変えてみると、野生の世界は即状況判断、瞬時に全力で逃走をしている姿は、お茶の間の時間で動物王国というようなテレビ番組でご覧になっていて、もはや動物の世界は馴染み深いものだと思います。老若男女問わず馴染み深くて、動物は人間と違って言語を発しないだけに、難しい理由はなくても見ているだけで、小学生のお子さんでも目で特に小さいお子さんは目を釘つけになって
    2016年03月17日 04:27
  • 六道仙人

    すみませんm(__)mスマホで指でいちいち打ち込みしてますと、微妙な操作ミスが多くて、スマホは扱いが大変です。

    話の続きということで、改めてお願いします。老若男女問わず、馴染み深くて、特に小さい子どもにとっては興味津々で目が釘つけにさせられる、何かを引き付けるものがあると思います。動物王国といったテレビの映像で何故こんなにも小さい子どもが引き付けられるのは、動物は人間とは違って、言語を発しない生き物です。ただ動物にも喜怒哀楽といった感情は備わっていますから、鳴き声や吠えたりといった声を発して、喜怒哀楽のいずれかは人間でもある程度は、微妙なところは判断できると思います。猫が甘えた鳴き声をして、飼い主にすり寄ってきたり、機嫌が悪くて吠えたりといったことで具体的に判断できることを思えば、それもコミュニケーションかもしれません。

    話が反れてしまいましたが、難しいことは、分からない子どもが引き付けられるのは、これは本能なのだと思います。つまり生きるか、死ぬか?この2つしかないという単純明快な動物世界は、生きるという本能を強烈に発している姿だからこそ、難しいことは分からない子どもでも目を釘つけにさせられてしまうのではないかと思います。

    その動物世界は、食物連鎖という厳然たる生きるか?死ぬか?といった生存世界において、今日を今を必死に生きています。
    その生きるか?死ぬか?の明暗は、瞬時に状況判断をするか?だと思います。
    か弱いと思える可愛らしいインパラにとって、脅威となるのは百獣の王といった虎やライオンとは限りません。空からの獰猛な猛禽類だって、絶対王者の如くの捕食者ですし、水にはワニという獰猛生物がおり、水を飲んで油断していると、ワニに引きずり込まれて捕食されてしまうのです。
    また保護色のように擬態して、捕食をする捕食者もいます。例えばカメレオンのように、木や葉っぱと同じように擬態して、捕食する、これはちょっと卑怯ではないか?と思える捕食者がおります。生きるのに、卑怯もクソもないのが、仁義が存在しない動物の世界のようです。

    これと同じように人間の世界もまた、人間も命に畜生という命が備わっていることから、動物の世界と相通ずるものがあると思います。それが捕食者ということです。
    穂も頭を垂れるかなの例えもあるように、人間には礼節をわきまえることが、およそ人間たるゆえんであろうと認識されているのだと思います。

    人間の世界には、まれに自己愛性人格障害といった、あるいはコントロールフリークだの、サイコパスだの、いろんなカタカナがネットでは氾濫されていて、どれがどうなっているのか?を理解するのに苦労してしまいます。そこで気になったのが、サイコパスという異常人格障害者です。自己愛性人格障害と同じ意味合いを感じるのですが、サイコパスというのは捕食者と言われています。
    良心が欠落していて、善人を装って近づいてくる、あるいは善人を擬態して、相手の心の奥深くに取りついて捕食する人種をサイコパスと言われているようです。
    善人を装って、礼節をわきまえて善人に擬態するから、見た目ではパッと分からない。
    ちょっと顕正会の非常に精巧に作られた偽本尊と同じように、巧妙に作られているから、分からないのです。
    巧妙であればあるほど分からないのですが、唯一見破れるのは違和感だと思います。
    目の奥が笑っていない。異常に冷たい。底冷えしてしまうような、良心が欠落しているといったことがあげられますが、それが違和感だと思います。

    動物世界に話を戻しますが、野生の動物が瞬時に全力で逃走するのは、違和感を感じるからだと思います。動物は味方には安心しますが、飼い主であれば全力で安心することでしょう。しかし違う匂いの生物がやってきた。違う足音がやってきた。飼い主の歩く足音ではない。と耳を立てて、そこから違和感を感じて、本能で察知するのでしょう。
    何かが違う…と、違和感を瞬時に察知して、逃走するのが動物の感知能力の高さだと思います。
    人間は動物とは違って、感知能力が鈍いようで捕食者の餌食にされている脅威すら分からないのが、現実だと思います。動物と違って、人間世界は複雑ですから、逃走は難しい問題があります。


    しかし捕食者が苦手とするのは、大聖人様の金剛不壊境界だと思います。第六欲天すら退いてしまうのが、仏様の境界であればでしょう。
    そこでそのような捕食者に狙われてしまう、因果の報いもまた存在しているのだと思います。捕食されて取り込まれてしまうのは、命がその捕食者の命に感応してしまうか?生命力が弱かったからゆえか、謗法充満の命に与同してしまい、捕食者というモンスターに捕食されてしまった、あるいは報いとなってあらわれてしまったのかの因果の道理だと思います。
    2016年03月17日 05:38
  • 六道仙人

    すみませんm(__)mスマホで指でいちいち打ち込みしてますと、微妙な操作ミスが多くて、スマホは扱いが大変です。

    話の続きということで、改めてお願いします。老若男女問わず、馴染み深くて、特に小さい子どもにとっては興味津々で目が釘つけにさせられる、何かを引き付けるものがあると思います。動物王国といったテレビの映像で何故こんなにも小さい子どもが引き付けられるのは、動物は人間とは違って、言語を発しない生き物です。ただ動物にも喜怒哀楽といった感情は備わっていますから、鳴き声や吠えたりといった声を発して、喜怒哀楽のいずれかは人間でもある程度は、微妙なところは判断できると思います。猫が甘えた鳴き声をして、飼い主にすり寄ってきたり、機嫌が悪くて吠えたりといったことで具体的に判断できることを思えば、それもコミュニケーションかもしれません。

    話が反れてしまいましたが、難しいことは、分からない子どもが引き付けられるのは、これは本能なのだと思います。つまり生きるか、死ぬか?この2つしかないという単純明快な動物世界は、生きるという本能を強烈に発している姿だからこそ、難しいことは分からない子どもでも目を釘つけにさせられてしまうのではないかと思います。

    その動物世界は、食物連鎖という厳然たる生きるか?死ぬか?といった生存世界において、今日を今を必死に生きています。
    その生きるか?死ぬか?の明暗は、瞬時に状況判断をするか?だと思います。
    か弱いと思える可愛らしいインパラにとって、脅威となるのは百獣の王といった虎やライオンとは限りません。空からの獰猛な猛禽類だって、絶対王者の如くの捕食者ですし、水にはワニという獰猛生物がおり、水を飲んで油断していると、ワニに引きずり込まれて捕食されてしまうのです。
    また保護色のように擬態して、捕食をする捕食者もいます。例えばカメレオンのように、木や葉っぱと同じように擬態して、捕食する、これはちょっと卑怯ではないか?と思える捕食者がおります。生きるのに、卑怯もクソもないのが、仁義が存在しない動物の世界のようです。

    これと同じように人間の世界もまた、人間も命に畜生という命が備わっていることから、動物の世界と相通ずるものがあると思います。それが捕食者ということです。
    穂も頭を垂れるかなの例えもあるように、人間には礼節をわきまえることが、およそ人間たるゆえんであろうと認識されているのだと思います。

    人間の世界には、まれに自己愛性人格障害といった、あるいはコントロールフリークだの、サイコパスだの、いろんなカタカナがネットでは氾濫されていて、どれがどうなっているのか?を理解するのに苦労してしまいます。そこで気になったのが、サイコパスという異常人格障害者です。自己愛性人格障害と同じ意味合いを感じるのですが、サイコパスというのは捕食者と言われています。
    良心が欠落していて、善人を装って近づいてくる、あるいは善人を擬態して、相手の心の奥深くに取りついて捕食する人種をサイコパスと言われているようです。
    善人を装って、礼節をわきまえて善人に擬態するから、見た目ではパッと分からない。
    ちょっと顕正会の非常に精巧に作られた偽本尊と同じように、巧妙に作られているから、分からないのです。
    巧妙であればあるほど分からないのですが、唯一見破れるのは違和感だと思います。
    目の奥が笑っていない。異常に冷たい。底冷えしてしまうような、良心が欠落しているといったことがあげられますが、それが違和感だと思います。

    動物世界に話を戻しますが、野生の動物が瞬時に全力で逃走するのは、違和感を感じるからだと思います。動物は味方には安心しますが、飼い主であれば全力で安心することでしょう。しかし違う匂いの生物がやってきた。違う足音がやってきた。飼い主の歩く足音ではない。と耳を立てて、そこから違和感を感じて、本能で察知するのでしょう。
    何かが違う…と、違和感を瞬時に察知して、逃走するのが動物の感知能力の高さだと思います。
    人間は動物とは違って、感知能力が鈍いようで捕食者の餌食にされている脅威すら分からないのが、現実だと思います。動物と違って、人間世界は複雑ですから、逃走は難しい問題があります。


    しかし捕食者が苦手とするのは、大聖人様の金剛不壊境界だと思います。第六欲天すら退いてしまうのが、仏様の境界であればでしょう。
    そこでそのような捕食者に狙われてしまう、因果の報いもまた存在しているのだと思います。捕食されて取り込まれてしまうのは、命がその捕食者の命に感応してしまうか?生命力が弱かったからゆえか、謗法充満の命に与同してしまい、捕食者というモンスターに捕食されてしまった、あるいは報いとなってあらわれてしまったのかの因果の道理だと思います。この話は非常に根が深いと思えるので、御住職様に相談されたほうが宜しいのではないでしょうか?

    我々は万能な生き物ではありませんし、最小限に被害を瞬時に察知して、引くことも間違いではないと思います。動物は人間と違って、貯金はしませんし、今をどう生きるのか?を主眼においているので、人間とは違ってシンプルな世界だと思います。
    ですが被害を大きくならないで、最小限限度に被害を減らすことも出来るのもまた人間だと思えます。
    2016年03月17日 05:46
  •  六道仙人

    もうひとつ言えば、擬態よりさらに巧妙で狡猾な捕食生物が、自然界には存在します。
    それは寄生虫です。寄生捕食者と言ったほうが、分かりやすいでしょうか?
    捕食者は相手に寄生するだけではなく、相手にトコトンどこまでも寄生して、自分が肥大化するくらいに大きくなるのです。
    果てがないくらい欲深くて、表面は尊げに振る舞い、内心は猟師が獲物を狙うがごとく舌なめずりするモンスターです。
    このモンスターは仕事もよく出来て、社交家で戦略家で、人の心の隙間、人の心の奥に忍び込んで、人の心の奥までに深く浸食する、深く入ろうとする習性があります。
    口が上手くて、仕事もよく出来て、気が利いていて、人から信用を得られるのが上手かったりします。俗にいうやり手です。

    実際にあった事件ですが、八木茂という保険金殺人事件を起こしたスペシャル犯罪者が、かつていました。この八木茂という全貌を暴いた、確かアンビリバボーというテレビだったと思います。そのテレビに出てました。八木茂…、どこかで聞いたことあるな…と思いながら、テレビを見ておりました。流れてくる映像を目で追っていくと、次第に誰でも八木茂という人物像が、見えてくるようになってきます。テレビの構成上や編集や、脚色は多少あったにしても、実際にあった事件を元にして、構成されてはいたと思います。

    人物像としては、八木茂はは心に隙がある人間を猟師が獲物を狙うがごとく、絶えず値踏みしておりました。 

    自分も自己愛性人格障害に特に興味があった訳ではないのですが、たまたま何気にテレビを見たら、自己愛性人格障害だの、コントロールフリークだの、サイコパスだのといった内容のテレビで、どういうわけか?目にしてしまうのです。

    なんでやろ?自分としては、別に好き好んで自己愛性人格障害を調べているわけではないのに、なんでこんなに何気にテレビのリモコン押したら、八木茂だの自己愛性人格障害だのが出てくるんだろう?って、まぁ単なる偶然だろう…と思い、金曜サスペンスドラマを見るような感覚で見ておりました。つい関西弁な口調になってしまいましたが、その時は特に深く考えて見ることはなかったが、何故か妙に印象には残ってました。
    サスペンスドラマを見るような感覚とは言え、実際にあった話なので、八木茂…。
    とんでもないヤツだな…。怖いなぁ…と思いながら、見ておりました。
    八木茂は金の計算の出来ない客いないかな?と絶えず値踏みしていたようです。八木茂は、夜のお店スナックを経営しており、たまたまお金の計算が出来ないような客を狙っては近寄って、その客の心の隙間や願望、弱味がなんであるのか?を見つけ出し、それが女の子であれば、夜のお店ですから、そのお客のタイプの女の子は揃っているわけです。八木茂の従業員は、八木茂の言いなりになっていますから、もはや操り人形です。その操り人形を使って、その客にべったり接触して、その客の心の隙間に入り込み、心の奥に侵入して行くのです。ここまで来たら、もはや地獄の三丁目です。もはや八木茂の操り人形にされてしまった人間の末路は、哀れなものです。

    そうして、毎晩毎晩夜遅くまで酒を飲ませて、ツケにさせるのが狙いなのです。500万円以上ものツケにさせると、今度はツケの返済をしなきゃいけないね。となりますが、これが八木茂が狙っていた金の計算が出来ないヤツだったのです。
    しかし八木茂の本当の狙いは、500万円以上のツケをさせるのが実は本当の狙いではなく、ツケをさせて、弱味につけこんで、支配することが目的。その客を心の奥底まで深く入り込み、この八木茂にその金が出来ない客の人生をすべて支配されてしまう。

    飴とムチを上手に使って、八木茂はその客が好きなスナックのホステスと結婚話を持ちかけるのです。結婚願望があることを容易に見抜いて、結婚話を持ちかけたあと、所帯を持つんだから、大きな保険に入らないといけないね…と、この話を持ちかけるのです。
    所帯を持つんだから、大きな保険に入らないといけないね。と言われたら、あんまり疑問を持たないということまで計算して、その実はその客が結婚するホステスは、八木茂とグルなわけです。
    これは怖いな…と、あとは御存知の方は多いように、トリカブト保険金殺人事件です。巧妙に少しずつトリカブトを気付かないように入れて、自然死に見せかけるようにして毒殺する保険金殺人事件計画を描いていたという内容です。何億ものの保険金が手に入り込み、この要領で金の計算が出来ない客を値踏みしていく犯罪心理には、骨まで底冷えする思いでした。さらにおそろしいことに、一人毒殺しただけでは満足出来なくて、さらに金の計算が出来ないような客を、かつ身寄りのない人間を狙いを定めて行くのです。酒とホステスを駆使して、また自然死に見せかける保険金殺害計画を実行。ここまでおぞましい人間が、いるものなのか?初めていいようの知れない戦慄が、背中を走ったものです。

    このように笑っているが目は笑っていない。良心が非常に欠落している。人の心を掴むのが、非常に長けている。人の心の隙間に入り込みたがる。人を支配したがる。
    人を支配して、寄生して自分が肥大化して大きくなるのです。人の人生を破壊してまで、寄生して、自分の欲望を満たしてゆく。
    恐ろしいと思いました。

    また、八木茂に限らず、浅井も池田も大勢の信徒に寄生して、自分の巨大化した欲望を満たしてゆくのです。八木茂、浅井と池田は同類だと思います。
    八木茂、浅井や池田が苦手とするのは、刑事のようなタイプでしょう。執拗に執拗にどこまでも執拗に追及するタイプは、苦手とするのだと思います。福田和子という犯罪者が今日、これまたテレビでやっていて、時効までどこまでも執拗に福田和子を追及する刑事は、やはりいくら八木茂や福田和子のような犯罪者は、きっと苦手とすることでしょう。
    時効間際になっても、十四年以上もあきらめずに福田和子を執拗に追及する刑事の執念って凄いな…と思ったのですが、思うことは八木茂、浅井ショウエイ、池田大作は想像をも遥かにぶっ飛んだ異常人格者だということです。こうした異常人格者は気になってしまうというのは、やはり自分が顕正会に入信してしまったこと、浅井ショウエイという異常人格者に影響を受けてしまったことが、反映しているのだろうと思っています。ゆえに浅井ショウエイという人物像とは、一体なんだ?と、どうしても気になってしまうようです。

    また日蓮正宗側から見た妙信講問題の資料をコピーで、トチローさんから頂いたことがありましたが、それを読むと浅井ショウエイの振る舞いが書き綴られています。読んでいると、いかに浅井ショウエイが異常人格者であったのか?と。
    浅井ショウエイの異常さは、これは生まれつきのものであったように感じるのですが、さらに言えば天子魔という魔の働きだったのではないか?と仏法上から見たら、そう思いました。

    こういう異常人格者は、立ち向かえば立ち向うほど、どんどん膨張して行くのでは?何故、こんなにも肥大化して膨張して行くのか?が不思議で仕方ないのですが、池田教団、浅井教団も全国的にあれだけ勢力を拡大して行ったわけですから、ひょっとして、異常人格者は総じてしぶといのでは?と。

    つまり自己愛性人格障害者というのは、立ち向かえば立ち向かうほど、反発力をエネルギーに変えてしまい、膨張して肥大化して行く異常寄生生物だと結論に達したように思います。
    2016年03月18日 06:45
  • トチロ~



    六道仙人さんへ


    たくさんのコメント有難うございます。

    あらゆる箇所に同意することが多々あります。それらすべてにお返事していると仕事をする時間が無くなってしまいますもので、今度そちらに私がお伺いした時か、六道仙人さんが泊りがけでお山に来られるときにでも時間をかけて語り明かしましょうね。

    とりあえずここでは一点だけ…、「寄生」という表現が出てきましたが、自己愛さんは正にその「寄生する」という思考回路があるようです。

    私の身近の自己愛さんも、私を仲間だと思っていた時には心を許していたんでしょうか…、「つぶれる会社にぶら下がっていてもしょうがないからね…。次はどこにぶら下がろうかな。」(※マクドナルドが異物混入で左前になりかけていた時に聞いた言葉です。)なんて本音を漏らしていたこともありました。

    彼らは上に対してはコバンザメのようにぶら下がって利権をむさぼり、下に対しては奴隷のようにこき使ってその全てを吸い尽くそうとする…。

    確かにどこかで見た風景ですよね…。

    2016年03月18日 08:28
  •  六道仙人

    大変忙しいところ、コメントありがとうございます。仕事が大事ですので、仕事に支障がありませんように、その時間内でコメントして頂ければと思います。またお会いする機会があればと思います。その時は声をかけて頂けると、有り難いかと思います(^人^)

    私は本来、生来的に面倒くさがり屋な性格でして、こういうと謙遜というような解釈をされるかもしれませんが、事実です。
    ただ自己愛さんに大きく関心を持った背景が、自分の中にあったということが正確な表現だと自分の中ではおさまっているように感じます。 

    今までコメントしてきた一連の流れとしては、島根県の女性が最初のきっかけとして、私は自己愛さんなんだって。どう思いますか?と話を振ってきて、最初は自己愛さんって何だ?と、意味がさっぱり分からず、単なる架空の世界の話だろうと深くは考えていませんでした。だが妙に印象には何故か?残っていて、それから約7、8年の間に、テレビで八木茂、福田和子などを取り上げた、情報源はアンビリバボーですが、アンビリバボーでは自己愛さんとは表現はしていなかったと思います。特に印象に残ったのが、八木茂といった、人に寄生するタイプの良心が非常に欠落した異常人格障害者でした。

    そのときは、ほぅ~異常人格者は気をつけねばならないなと思ったものです。そのときはまだ浅井ショウエイが自己愛さんという人物像までは、まだ自分の中では浮かび上がってはいなかったのですね。まだ分かっていなかったということです。

    それが昨年末から、ふと何気にネットで自己愛さんがたまたまユーチュブに出てきて、確か桶田さんのユーチュブを動画で見ていたところ、そこから自己愛さんが出てきたのです。あー自己愛さんか?気になるなと思って、見てみたら、思ったことはこれって浅井ショウエイのことだと、そこで初めて浅井ショウエイという人物像は自己愛性人格障害であるという鮮明にイメージが浮かび上がってきたというのが、正確な表現だと自分の中ではそう結論しています。

    その時期に節目に合わせるかのように、タイミング的にトチローさんが浅井ショウエイは自己愛さんであることを、このブログに取り上げていました。櫻川さんも浅井ショウエイは自己愛さんであるという同じ見解をされていて、その頃、顕正会女子部と折伏したことがあったものですから、そういったきっかけが背景としてあった。この顕正会女子部については、すでにコメントさせて頂いたので、その内容は伝わっているかと思います。

    自分が強く思ったのは、こんな若い女性を十年もマインドコントロールさせる、浅井ショウエイという人物像とは、一体なんだ?と深く深く掘り下げていかねばならないのでは?と思ったのです。浅井ショウエイという人物という影響力、人に寄生して肥大化して行く異常寄生捕食者に見えてきたのです。
    妙信講問題の資料を見て、浅井ショウエイという振る舞いが書き綴られていて、それが強く伝わって来ました。

    また昔の話ですが、同時、自分が顕正会でだった時、自己愛さんの集団、学会とよくぶつかり合っていました。また自分に限らず、顕正会内部で学会とぶつかり合う話は、よくある話だったので、結構、いまだに記憶に残っているわけです。印象に残ったのが、学会は顕正会のしつこさに戦慄を感じていたということです。これは部分的な話で一概には言えないかと思いますが、学会ですら顕正会の執拗さにはあきれていたというか?どうでもいいような話ですが、まぁ印象には残っていたのです(^_^;)

    確かに学会は執拗でした。だが顕正会も執拗ではありました。まぁ終わりのない、エンドレスな争いでしたが、弱味を見せたら、学会はつけ上がってくるわけです。
    やられたらやり返せ‼なめられたら終わりだ‼倍返しだ‼どこまでもどこまでも執拗に執拗に向かっていく。この執拗さが、昔の顕正会にはありました。それが社会問題になったわけですが…。

    そうしたことから、自己愛さんにおける対策と言いますか、そのようなことを自分が知っている限りのことを、分析と言いますか、拙いながらも考察を、レポート風にしてみたということだと思っています。
    2016年03月18日 09:27
  • トチロ~



    六道仙人さんへ


    まったくもって同感です。

    私もこのことは今まで特に深く考えたこともありませんでしたが、仕事上で強烈な自己愛さんと関わることになり、自己愛性人格障害とはなんなんだろうと調べるうちに、既に社会のあちこちで根深く進行している問題なんだと気づきました。

    そして、それは信仰の世界に於いてもやはり問題は内在している…。むしろ妙信講問題はこれが原因だったのではないかという仮説にまで至りました。

    よってこのブログで取り上げてみたわけです。

    またお気軽にコメントして下さいね。


    2016年03月19日 06:59
  • 六道仙人

    コメントありがとうございます。

    本来、面倒くさがり屋な自分が自己愛性人格障害を深く掘り下げて考えてみようとは、まず無いことです。簡単に言ってしまえば、自分が興味のあること、関心のある事柄には掘り下げて行くとは思います。
    これは、ごく人間として、当たり前の反応だと思います。

    島根県の女性が自己愛さんと話が、おそらく自分にとって、最初のきっかけだったと思います。たまに本屋に行ってみたら、7、8年前から自己愛性人格障害という本はあったのです。
    そこで、確か島根県の女性が自己なんとかと言ってたな…と思い出して、本を手に取ってみたが、その本に書かれてあった内容が、チンプンカンプンでした。本として出版されている以上、文章の構成は問題はないとは思うのです。そこは向こうだって、物書きのプロでしょうから。ところが、まだ自分の頭の中で理解が追いつかなかったのです。それで本をパラパラめくった程度に終わってしまったわけです。また世間的にも、おそらくそんなに認知はされていなかった。世間の機根としても、まだ理解が追いつかなかったのが、より正確な状況ではなかったのだろうか?と。

    ところが、それなら7、8年の年月が過ぎて、いろいろなブログで自己愛性人格障害者からの被害があちこち語られるようになるというのが、今と最近の状況なわけです。またネットでも自己愛さんの検索数が上位にランクされているのかな?と感じます。
    検索数がどうのこうのまでは、私はネットのプロじゃありませんから、正確なことはよく分かりませんけども、今の状況にいわゆるシンクロニティという現象が起きているのではないか?と感じます。シンクロニティとはお互いに同じ物質であれば、同じ固有振動数を有すると言われています。
    理科の実験で同じ周波数の音叉をキーンと叩くと、同じ周波数である音叉もまた共鳴現象を起こすというアレです。あれを共鳴現象、シンクロニティとか言うらしいのです。

    周波数を我々に例えると、業という固有振動数にも例えられるのではないか?という仮説がふと、頭の中に浮かび上がって参りました。仏法は生命の極理というロジックの世界だと思います。生命の法則性を説いたという、ロジックの世界だと思っているわけです。ははぁ~そんな見方をしているわけですか?と思われることと思いますが、そこはいわゆる一見四水じゃないかと解釈をしています。いわゆるロジックと信心が融合したのが、信心だと自分は思っています(^_^;)
    また顕正会さんは、有り難いとお慕わしいの一念信解でいいンです‼難しいことは、何も分からなくていいンです‼というのが、今の路線だと思います。

    話が反れましたが、自己愛さんに関する事柄が、今は共鳴現象を起こしている。このシンクロニティ現象を起こしている。関心を深く持っているのは、元顕正会出身者が多いのではないでしょうか?我々も動物という本能が備わっていることから、きっとエマージェンシー、危機感がサイレンを警鐘乱打を起こしているのかもしれません。

    明日は我が身、どうしようー?わたくしって、ホンワカだから目をつけられて、ガブッと捕食されちゃうかな?という危機感を感じて、他人事てはない心境を抱いておられるかもしれません。危機感を持つというのは、人間として当然の防衛本能ですから、また飼い猫だって、危機感は高い生き物だと言えるわけです。いつもの飼い主の匂いではない。いつもと違う足音がやってきた。体重の重みによって、床を歩く音の軋みが違うといった違和感から、危機感を感じるのが、動物だと言えるようです。

    話がまたいつものように反れましたが、こういう自己愛さんに苦しめられるというのは、かつて自分が顕正会活動をしたことによって、周りの人に苦悩をたっぷり与えまくった報いがあらわれているという因果応報の理も無視できません。

    しかし、自己愛さんに感応動向して、向こうの命に引きずられたり、あるいは影響を受けてはいけないのだと思いますが、なかなか避けるのは、難しいのが人間世界のようです。
    ただ最小限度にダメージを少なく出来るのではないか?ゼロにするのが一番理想ですが、自己愛さんに深入りをしない。距離を置く。安全な範囲に距離を置き、自己愛さんを放射能だと思って、どうしてもやむを得ずに近づく、仕事をせざるを得ない場合は、放射能保護服を着るのと同じ感覚で、心に放射能保護服をガッチリ着用することだと思います。
    相手は放射能だ。人を破滅に導くゾンビだと思っていいかもしれません。
    今はやたらゾンビを主人公にした、未曾有のバイオハザードならぬ、ゾンビハザードを題した映画が流行っているようですね。ゾンビに感染した人間が、世界中を異常な速さで感染していくアウトブレイクものが流行っているようで、これは今の多くの民衆がそういう機根であることを、現代に反映しているシンクロニティ現象なのかな?と思いますが、なかなか大変な世の中になったものだなと思います。

    これをウィルスを例えるに、かつては自分たちも顕正会という浅井ウィルスに感染されて、感染された我々は多くの人間を感染させて行ったわけです。学会という池田ウィルスやら、浅井ウィルスやら、幸福の科学という、大川ウィルス、果てはイスラム国というシリアウィルスと言ったらいいでしょうか?今は謗法というウィルスが全世界を大感染という未曾有のなんとハザードという危機的状況なのだと思います。そういう例えもあるのかな?とふと、思ってしまいます。

    これら自己愛さんに限らず、ウィルスや放射能と同等である、生半可なものではないと認識しなければならないのではないか?とふと思うのです。例えば放射能を完全に無効化するには、大変な年月を必要とする認識は、これまでの福島原発における、膨大なる報道で今の民衆の機根に根付いている印象を感じます。なんでも五十年以上もかかるとか、そんなようなことを言っていますので、自己愛さんも放射能と同じくらいか、それ以上の有毒性、猛毒性は個人差があるようです。
    浅井や池田は来世に生まれ変わっても、業は尽きることはない。という話をどこかで、見聞きした覚えがあります。なんとかメモではありませんが、それはさておき浅井や池田は来来世、もしかしたら来来来…世まで業は尽きることはないとするのでは?仏法の道理からも、そう考えられるのではないか?と思うのです。それくらい自己愛さんは人によって、個人差や個体差はあると思いますが、とにかく根は深いのだと、ようやく最近になって、自分の好きなモーニングコーヒーを飲みながら、そう雑感をしております。
    自分なりの見解として、自己愛性人格障害愚記と書き綴ってしまいました。


    2016年03月19日 09:51
  • 六道仙人

    追加ですみません。ゾンビを題材にした映画や漫画が流行っているようで、どうやら感染して、大感染していって、滅亡して行く危機感を売り物にしているようですよね。

    自分たちもかつては浅井ウィルスに深く感染されてしまった。ところが日蓮正宗というドクター達、言い換えるとご僧侶によって、折伏されて、いわゆる特効薬を接種されたことによって、時間はかかりましたが、ようやく正気を取り戻せたのではないか?と思えるのです。一日や二日では完全には治らないのですが、とにかく根気がいる治療法であることは、自分たちは理屈ではなく、身を持って実感していることと思います。
     
    しかしさてもさても、自己愛さんの根の深さは並外れて、想像をもぶっ飛ぶくらいだと思います。これが生命の因果の深さなのでしょうね。来世か来来世まで続く、因果の遠々と続く鎖なのだとしたら、これはこれは大変だ。大難事だ。もっとも最初から、大難事ですよと御指南されているわけなのですが、さてもさても頭の痛い話、ここはしっかり唱題に励んで免疫力を高めるしかないようです。
    体力がないなら、体力をつけるのと同じように、これを例えるに、信心もまた信心持久力が必要ですよね。
    2016年03月19日 10:13
  • 六道仙人

    またまた追加ですみません。映画や漫画でもゾンビやら何かに感染されて、姿は本心を失った状態。以前仲良しだった親友や友達がゾンビに感染されて、まだ感染されていない自分たちを噛み付こうと必死になって攻撃してくる。いくら必死になって呼び掛けても、かつて親友やあれほど親しい友達や家族だったのに、必死の呼び掛けにももう心に届かない。必死になって噛み付こうと危害を加えてくる以上、逃亡しか方法はない。

    映画だとさらに迫力が増して、大都会や首都をまるで大津波が押し寄せてくるかのように
    、猛烈に異常な速さで民衆が大感染して、集団ゾンビ化してゆく。人波がまるで大津波のように異常な速さでゾンビに感染されていく。もう大感染、全世界がウィルスを席巻してアウトブレイクしていく。
    向かってくるゾンビには、ミサイルランチャーをくらわして、神の裁きをくらえ‼とゾンビを殲滅していこうとするところが、アメリカ人らしいなと感じました。神の裁きをくらえ‼神の裁きに正当化する思考回路、思考感覚、これってキリスト教の思想ですよね。
    そういうハリウッド映画をチラッとですが、見たことがあります。
    これってイスラム国に似ているなと思ったのです。終わりのない憎しみの連鎖は憎しみを呼び、イスラム国はアウトブレイクしてしまった。それに逃れる為に、何百万人かそれ以上と思われる難民が、ドイツを目指して亡命する。またそれに影響を受けたのか?北朝鮮がシンクロニティを起こしてしまった。

    国連は神の裁きをくらえ‼とイスラム国、北朝鮮に制裁をくわえられている。経済制裁など、その他もろもろの制裁などもあるが、大変な世の中になってきたな…と感じますね。これが総業という、自分たちも否応なしに巻き込まれてしまうのだろうか?とふと思ってしまいます。さてもさても、頭の痛い話ですね。頭痛なんかで、済む話ではない。さてもさても頭が痛くなる話では済まないでしょうね。
    2016年03月19日 11:04
  •  六道仙人

    こうしたウィルス感染を売り物にした漫画が映画の背景は、ある宿主から感染して、そこから爆発的に空気感染していった。漫画が映画がゾンビウィルスを売り物にして、それが流行った、民衆の機根に爆発的に空気感染した。ここまで爆発的に機根に空気大感染したかのような印象を、二十代か十代か?の若者に受けいられているというのは、その背景はきっとエボラウィルスや、過去にSARSといったことを背景に、次はエボラウィルスが全世界をアウトブレイクしていく、このままでは滅亡してしまうのでは?という危機感を全世界の人々が大なり小なり感じたのだと、思うのです。まるで命に種を植え付けたがごとく、下種されていった。

    これが背景にあって、瞬く間に伝播していったような印象を感じるのです。コンビニエンスに行くと、ゾンビウィルスにやたら感染した題材にした漫画が多いので、特に有名なのが、進撃の巨人だと思うんです。進撃の巨人は映画にもなったくらいだから、知っている人って多いと思いますよね。セブンイレブンで進撃の巨人を売り物にした、フィギュアたの、食玩だの、漫画だのそういったのを、よくセブンイレブンで見かけますよね。他のコンビニでも見かけるかもしれませんけど。

    進撃の巨人だの、ゾンビウィルスだの、およそ人類に襲撃やら進撃してくる背景って、なんか似ているなぁ…って感じますよね。内容って同じというか、似たり寄ったりって感じがしませんか?
    進撃の巨人だの、ゾンビウィルスだの、なんとかウィルスだの、何かに感染されて大進撃してきて、滅亡感の中で僅かな、かすかな希望を決してあきらめることなく、もうとにかく絶望感でいっぱいなんだけど、とにかくそういうのを題材にした、売り物にした背景って、おそらくエボラウィルスや過去からの、全人類を滅亡の危機に陥れんとするような、病原菌ウィルスが潜在意識の中に刷り込まれていったんではないか?って思うのです。
    それが漫画に投影されていったように思えます。
    2016年03月19日 11:29
  •  六道仙人

    そういうのが知らず知らすなのか?知っていてなのかは分かりませんが、とにかく人間の深層心理に植え付けて、刷り込まれていった。それが大衆に大投影されていった。

    もしかしたらシンクロニティという共鳴現象が、全世界の全人類の心理に、大投影されていったのでは?と、ふとサブカルのようなことを発信してしまいました。長々とここまで炸裂してしまい、コメントしてしまいました。すみません(^_^;)
    2016年03月19日 11:35
  •  六道仙人

    ゾンビウィルスに感染して、本心を失って、おぞましい姿になり、家族や親しい友人や仲間に容赦なく襲撃する姿。

    これってダブって見えてしまうんですよね。かつての顕正会にはまってしまった自分と、ゾンビウィルスに感染してしまった姿と重なって見えてしまうんですよね。

    ゾンビウィルスに感染してしまった友人や仲間を攻撃したくはない。いくら叫んでも、説得しても、ゾンビウィルスに感染してしまった人間は、目が虚ろになり牙が生えておぞましい姿に、変貌してしまった以上は、神の裁きをくらえ‼とミサイルランチャーなどで息の根を止めるしかない。
    本心を失ったゾンビウィルスは、生きている人間を襲撃して感染拡大をさせようと活動する。脳がゾンビウィルスに感染されてしまうと、ウィルスに支配されてしまう。

    この姿は極端かもしれませんが、かつて顕正会にはまって、親しい友人や仲間や家族を執拗に勧誘してきた姿に似ていませんか?
    家族や親しい友人が必死に顕正会辞めろと、必死になって説得しても、顕正会にはまってしまった自分たちの心には届き増せんでしたよね。

    浅井ウィルスに感染されて、支配されて、家族が反対するのは大魔障であるとマインドコントロールされて、生活のあらゆるところまで拘束されていく。正にゾンビウィルスとは言いませんが、執拗に勧誘して警察に逮捕されても、大魔障であり、罪障消滅である。
    信心をためされているのである。
    生活はボロボロになっても、活動を辞めない姿は正気を失ったゾンビウィルスと重なって見えてしまうんですよね。
    罪障消滅だと最後まで死に瀕しても、顕正会を信じ切ってしまった方も、少なからずいたんではなかったでしょうか?

    新潟県大会で余命宣告されて、最後まで顕正会を信じ切って、そのあとに息を引き取ってしまった方を知っています。新潟会館で死に瀕しても、参詣していた姿がいまだに目に焼き付いています。命がけの参詣だったのでしょう。そのあとに息を引き取ったという話を聞きました。その女性は特別に親しいわけでもなかったのですが、自分のかつての支隊長の奥さんと、そのガンで亡くなった方は親しい間柄でした。お見舞いに行く位の人間関係が築かれていたんですね。
    その支隊長の奥さんから、支隊長はいろいろ話を聞いていたようで、その細かな話を聞かせてもらったものです。ただ成仏したというが、話を聞いていた限りではとてもそれが成仏とは思えませんでした。

    話がだいぶ反れてしまいましたが、最後まで浅井ウィルスに感染されたまま、亡くなったことを思うと、つい不憫のあまり書き綴ってしまいました。ビデオ放映を媒体にして、浅井の指導に共鳴大現象、共感大現象なんか起こして、全国各地にいる顕正会員が津々浦々に駆け巡って、勧誘してしまう姿は、なんだかゾンビウィルスに感染されて、襲撃してくる姿に似ています。どうやってこの生きている人間を、どうやって引きずりこもうか?

    今の顕正会員さんは一念信解といって、ワクワクしながら、勧誘しているのでしょうか?
    2016年03月19日 20:44
  • トチロ~





    六道仙人さんへ

    たしかに…、顕正会員時代の私も同じようでしたね…。

    父親の葬儀にも出ない…。

    親族全てから村八分にされましたよ…。けど、当時の私からしてみれば、邪宗で執り行う葬儀に出ることは亡くなった父親を余計に苦しめることになると信じて疑わなかったのですよ。

    法華講員になった今でも基本的には邪宗の葬儀は故人を苦しめるものであるとの認識は変わりません。

    しかしながら、あまりにもそれでは視野が狭いのですよね。

    大聖人様の仏法は布教が第一ですから、現在は邪宗で成仏出来ると信じて疑わない親族一同をも将来的には正法に帰依せしめるべきである。そのためには今断固として邪宗の葬儀を拒否してしまって、この信仰に対する嫌悪感を彼らに植え付けるべきではない。

    今は謗法にならないギリギリの線でこの場をこなし、将来必ず彼らを全て正法につけさせる…。これが正しいあり方だと思います。顕正会のやり方よりも数段視野も広く、そしてはるかに強烈ですよね。これが日蓮正宗であり、本来の大聖人様の仏法の考え方だと思います。

    浅井さんのチンケな宗教観しか知らない顕正会員さんは大変にお気の毒だと思います。一日の早く彼らを全員救い出せるよう頑張っていきましょうね。
    2016年03月21日 06:53
  •  六道仙人

    コメントありがとうございます。
    自分が顕正会の時は、冠婚葬祭には何が何でも絶対に参加しない。そうなれば家族や親戚の反応は、かつて顕正会ならば…あとは、もう想像のとおりでこざいます。
    必死に説得されましたが、頑として言うことを聞かない。おおげさですが、正気を失ったゾンビウィルスにダブって見えてしまったのです。

    話は変わりますが、ゾンビなんとかの話はここで終わりにさせて頂きたいと思います(^_^;)

    実は昨日、いきなりですが彼岸会の日でしたが、女子部の方からようやく連絡が入りまして、昨日、再会の運びとなりました。
    二人来て、一人は前回と同じ人で、顕正会信心約七年。もうひとりは新しい人で、約9年という人でした。

    トチローさんから頂いたアドバイスを折伏の場で、活用させて頂いたのですが、思うことは、現役顕正会とはここまで洗脳されてんのかよ?と思ったことです。自分の場合は、あの時は顕正会の組織から離れたこと、そこに多少は、精神的にも話を聞く耳はあったので、あの時は御受戒を受けることが叶ったのだと思います

    ところが昨日の顕正会女子部は、しぶといと言いますか、いくら強いて説いたつもりですが、昨日の折伏はしっかり唱題が足りなかったせいか、修羅の命が出てしまいました。
    イライラが相手に伝わってしまい、なんとも無様な姿をさらしてしまいましたm(__)m
    おい、人の話を聞いてんのかよ‼と発言してしまったり、生命力が足りませんでした。話は平行線に終わってしまいました。言うべきことは言ったつもりではありますが、本当に歯切れが悪いコメントの通り、なんとも無様な姿をさらしてしまいましたm(__)m


    お恥ずかしい限りですが、トチローさんには、女子部の件の結果を報告する話をしましたので、ありのままをお伝え致しました。
    期待に添えれずにすみません。

    昨日、副御住職様に報告致しましたが、自分としては失敗は成功の元という指導を先日の新潟の広布推進会に頂いた指導の話を、行動に移す。中には思うように行かないことはあるかもしれません。そこから学び、成長することが出来ならば、それは失敗は成功のもとと言えるのではないでしょうか。
    という指導を頂きましたが、なんとも無様な姿をさらしてしまいました。申し訳ありませんとしかお伝えすることしか出来ませんでした。副御住職様からは、「反省することは、いいことです。」となんとも励ましの言葉を頂きました。

    慢心の命が出てしまったのですね。まだまだ修行が足りませんでした。信心を見つめ直して、一から出直しするしかありません。本当に情けないですが、トチローさんにはあれだけのアドバイスや話をいろいろ教えて頂いたにもかかわらず、これしか言えない報告で、本当に情けないですが、申し訳ありませんm(__)m
    2016年03月21日 08:47
  •  六道仙人

    追加ですみません。先日は二人の顕正会女子部が来たのですが、相手の命にイラッとしてしまいました。
    話を蒸し返してきたり、おい、人の話を聞いてんのかよ‼という口調になってしまいました。本当に情けない、無様な姿をさらしてしまいました。相手にも渡辺さんの姿を見て、信心を感じられないと言われたことには、グサッと来ました。

    これは受け止めなければならないと思います。いやはやどうしたものか?本当にお恥ずかしい話です。

    河辺メモなんか、そんな与太話を基礎教学書に書いてあるけど、そんな嘘が書いてある本なんか信じて、頭大丈夫なんかよ。アンタ常識あんの?頭大丈夫なんかよ?という命でございました。いやはや、どうしたものか?
    自分の命のまま、折伏の現場に向かってしまいました。そういう命のまま、折伏の現場に向かってしまった自分を見つめ直さなくてはならないと感じました。

    補足というか、追加文になりますが、言葉は足りないことは多々あるかと思いますが、ひとつふたつと、コメントさせて頂きました。
    2016年03月22日 12:12
  • トチロ~



    六道仙人さんへ


    折伏って大きな岩を割るようなもんでしてね…、


    割れるポイントってのがやはりあるんですよ。


    そこにピッタと合わせてクサビを思いっきり打ち込んでやればパカーンと割れるんです。



    既に顕正会に疑問を持っている人ならば、そのポイントが見つけやすいですが(イトマンさんや六道仙人さんはそういった段階でしたよね。)、まだその段階に至らない人に於いてはどこがそのポイントなのかをコツコツ叩きながら探るしかないんですよ。

    けど、そのコツコツ叩いているのも決して無駄にはならんのですよ。

    時間と共にその人の弱いところはヒビとなって表れてきますから、その時にとどめを刺せばよいんですよ。

    今回の折伏は無駄ではないですよ。必ずそれは将来芽を出しますから、自信をもって今後も頑張ってください。


    2016年03月26日 20:32
  • 六道仙人

    お励ましの言葉ありがとうございます。折伏には無駄ということがない。折伏理論書にも書いてありましたが、盲信されている方でしたので、当初からこれはキツいわ…と感じてました。なるほどこれは、岩のようなもので割れ目にノミを打つようなものなんですね。

    ありがとうございます。がんばってみます。
    2016年03月27日 06:21
  • トチロ~



    頑張ってくださいね。

    下種することが大事なんですよ。その下された種はいつか必ず芽を出しますよ。
    2016年03月28日 19:03
  • 六道仙人

    励ましのコメントありがとうございますm(__)m

    思えば自分たちの場合は、顕正会に対してかなり疑問は持っていたが、顕正会には執着はあったのが正確なところでした。自分たちという言い方はしましたが、いとまんさんは完璧に入信する気ではいたと思います。
    そういう違いがあるにしても、自分の場合は明らかに聞く耳は持っていた。
    これは間違いない事実でした。顕正会はおかしいが、どこかで顕正会は間違っていないのではないか?という複雑な気持ちの中、日蓮正宗の話は聞いてみようという心境だったと思います。これはいまだに昨日のことのように覚えています。

    顕正会から離れていたゆえに、多少冷静に状況を見つめれることぐらいは多少は判断はしていたんだろうと思います。もしかしたら日蓮正宗に入るかもしれないな…と。
    これは大変な選択をしようとしているな…。とは確かに思っていました。
    戒壇の大御本尊様にお会いするとしたら、普通の格好では失礼だと、それで普通はしない、礼服という格好をしていたんだろうと思います。心のどこかでは日蓮正宗に入信するかもしれないなとは、心の準備というか、そういう気持ちはあったんだろうと思います。でなければ新潟から本山まで行くということはしないでしょうし、後から理由づけしたことではないのですが、これは自分だけに限った話ではないと思います。おそらく新潟に限らず、遠方から来た様々な元顕正会員も同じような気持ちだったと思います。

    ただ長年顕正会を信心していたというじっけというのでしょうか?じっけという漢字が分かりませんで、すみません。命の奥から吹き出る迷いの気持ちはありましたが、重ね重ねの言い方ですみません。確かに話を聞く余地はありました。

    一方では対治してきた女子部の方は、現役盲信顕正会員でした。対治して思ったことは、こいつらこれはキツいわ…。あまりにも洗脳され過ぎて、これはキツいわ…と後退りしてしまいましたね(^_^;)
    約9年やら約10年の信心の二人を相手にするのは、これはキツいわ…と。
    こんな人を相手に折伏して、本当に下種になったんかなぁ?とふと思います(^_^;)
    謗法の命にまみれた命に種が植え付けられたにしても、種は死滅してしまっているのでは?とふと思います(^_^;)
    下種になったというのなら、対治した甲斐があったし、多少は報われた気はしますね(^_^;)
    2016年03月29日 09:12
  • トチロ~



    六道仙人さんへ


    「じっけ」という言葉を知っておられましたか…、さすがですね。

    「じっけ」は「習気」と書きます。


    確かに正しい信仰についてもこの「習気」に悩まされるものですね、ましてや御授戒前であればなおさらです。

    私が以前禁煙に失敗した理由というのは、やはりこの習気と同じ理屈なんですよ。(^^)

    だからブログにアップしていたんですが、心無い人たちからは散々馬鹿にされましたね…。御住職様はさすがでして、「トチロ~さん、禁煙にかこつけて習気に関して話を持っていくつもりなんだろう?」とそのものずばりを指摘されましたよ…。

    けっきょく禁煙失敗で話はそのまま中断してしまっていますが…。また機会があれば書いてみますね。

    今後とも頑張ってください。

    2016年04月04日 07:42